このお方が私の主人です

趙 淇善 説教集

「天地創造」のメッセージをまとめてみての感想

最初の2つのメッセージは割とスムーズに書き進めることができたのだけれど

3つ目のこの「天地創造」のメッセージは先の2つよりはるかに長く、

またちょうど末っ子の卒園・入学準備と、我が子3人と甥が一斉に受洗するという想定もしない出来事が起こったため、非常に時間がかかってしまった。
(末っ子と甥は所属するアライアンス教団では前例のない年齢での受洗となったため洗礼着のサイズがなく、彼らと同じく子どもサイズの次女の洗礼着計6着(水に入るため、透けないように重ね着をするべく各2枚ずつ)を大急ぎで縫っていた)


また本音を言うと、この天地創造のメッセージは今の私には「うーん。。ちょっとその解釈は苦しいのではないか?」と感じるところがところどころあり、それがメッセージの直訳でないから起こることなのか、前提としてあるであろうその場の雰囲気や流れ、ニュアンスというものが文字では伝わらないことから起こることなのか、あるいは本当に文字通りそういう意味なのか分からず、途中で校正し続けることが苦しいと感じて作業を中断することが多かったというのもアップが遅くなった一つの理由でもある。


祖父のメッセージとはいえ、自分が文章として手を加える以上、疑問に思うところをそのまま出してしまっていいのか今でも悩むところではあるが

祖父がもうこの世にはいないので確認するすべもない以上、この仕事が祖父や私の弱さや間違いも含めて神様が用いてくださることを信じて祈りをもって書き続けてみようと思う。